川越の阿弥陀様

正浄寺の本堂にはご本尊として阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)という立ち姿の仏様の御木像が御安置されております。この御木像は「御前立(おまえだち)」と言われるものです。この御前立は正浄寺の平時には見られない「川越の阿弥陀如来」という御絵像に代り、その御姿をお示しになっております。


正浄寺の寺伝によりますと、今からおよそ800年前、宗祖親鸞聖人が佐久山をお通りになられたそうです。その際、連日の雨で川が増水し対岸に渡ることができず、岩井町の孫八の家で何日かお泊まりになりました。そこで聖人は阿弥陀様のお慈悲のお心を孫八にお聞かせになり、孫八は涙を流し阿弥陀様の他力信心のみ教えに深く帰依しました。というのも、孫八は我が子を病で亡くしたばかりであったのです。


数日の後、箒川の水が引いたので聖人ご一行は箒川の向こう岸へお渡りになることになりました。その時、孫八は対岸におられる聖人に向かい


「お聖人様、どうかもう一晩だけお泊まりくださいませ。」と懇願いたしました。すると、聖人は孫八に


「孫八さん、そうしても居られません。そうだ、記念に形見をおいていきましょう。何か布をお持ち下さい。」と伝えました。


孫八は聖人に言われたとおりに急いで自宅から布切れを持参し、川岸で高く掲げました。聖人は対岸から筆をとり天に向かい六字のお念仏(「南無阿弥陀仏」)をしたためました。すると不思議なことに川を隔てて孫八の布に崇高な阿弥陀様のご絵像が描かれていくではありませんか。孫八はあまりの有り難さに我を忘れていましたが、後に小堂を建立、川越の阿弥陀様を奉懸いたしました。これが川越山無量寿院正浄寺の起源です。


聖人は孫八さんにお念仏をすすめ、孫八さんは小堂を建立し川越の阿弥陀様を朝に夕に礼拝したのです。まことにこれは阿弥陀様のおはたらきであります。子を亡くし悲しみから離れることのできなかった孫八さんが、悲しみのまま、そのままの救いと、我が子とまた会えるという倶会一処のいわれに出会われたのです。


この奇瑞は、私たちに何を言わんとしているのでしょうか。それは煩悩の存在である私たちが仏となる、凡夫が仏となる、そのただ事ではない不可称不可説不可思議のお慈悲を聖人が川越の阿弥陀様としてお示し下さったのでしょう。孫八さんは親鸞聖人と川越の阿弥陀様を縁として誰もが救われていく阿弥陀様のお慈悲に気づかされたのです。


「私が光を見つけたのではなく、光に包まれる自分であった。」


きっと孫八さんはそのように気づかされ、朝に夕にお念仏を喜んだことでしょう。私も日々の明け暮れは、阿弥陀様のお慈悲、宗祖親鸞聖人、み教えを私にまでお伝え下さったご先祖様方に感謝しつつ、お念仏申す身でありたいと、そう思います。


五濁悪世の衆生の 選択本願信ずれば  不可称不可説不可思議の功徳は行者の身にみてり (高僧和讃)


合掌